歴史

  • 1891年 - アメリカでホイットコム・ジャドソン氏が靴紐の代りとして考案したのが起源とされている。
  • 1893年 - 「コロンビア博覧会」に出品され、「ユニバーサルファスナー会社」が設立され、ファスナーの生産が開始された。商品名は「Cキュリティ」、当時は噛み合わせが悪く、開いたり、絡まるなどの問題が多かった。
  • 1913年 - ギデオン・サンドバックにより、歯の裏側にへこみが作られ、噛み合わせが大幅に改良された。
  • 1921年 - グッドリッチ社が「ジッパー」というネーミングでオーバーシューズに採用。それ以後アメリカでは「ジッパー」と言う呼び方が定着した。
  • 1927年頃 - 日本でも広島県の「日本開閉機会社」にてファスナーの製造が開始され、巾着をもじった「チャック印」という商標で販売した。日本でファスナーが「チャック」と呼ばれるのはこのためであり、外来語ではなく日本独自の呼び方である。

その後、第二次世界大戦後に日本の戦争賠償物資の一品目にファスナーが指定されたことから、ファスナーの需要は急激に拡大し、日本国内でTALON社のコピー品が急速に出回ることとなった。その当時の生産方法は手工業、いわゆるハンドメイドであり品質が悪く、「ファスナーは壊れやすい」という悪いイメージが出来上がってしまった。

  • 1950年 - 吉田工業株式会社(現在のYKK)が自動植付機(チェーンマシン)をTALON社から輸入。TALON社の技術を導入して国内でも安定した品質のファスナーが生産できるようになり、急速に日本国内で市場が出来上がった。
  • 1951年 - 吉田工業株式会社が輸入したTALON社の機械をもとに国産チェーンマシンの開発に成功。
  • 1951年 - ドイツ・OPTI社が開発した画期的なジッパーであるコイルタイプといわれる夢のジッパーが日本で発売開始となる。その後、OPTI社の正規ライセンス契約を神奈川県の企業が取得し、軽くて、壊れない、強力であるというメリットがあるジッパーが鞄、服を問わず、大掛かりに普及することとなる。

その後の日本国政府の輸入規制によって(1990年以前頃まで)、外国製品の輸入が抑えられたことから、日本国内の市場に外国製品は流通しなかった。 しかし1960年頃まではアメリカのブランドが世界のシェアの半数以上を確保していた。ヴィンテージものの衣服にアメリカブランドのファスナーが採用されているのは、このためである。

2006年現在、ファスナーの世界シェアでは、YKKが約45パーセントを占めている(世界70国/地域 123社 268拠点:同社ウェブページによる)。しかしアジア(主に中国圏)製のファスナーも近年品質が向上してきており、急速にシェアを拡大してきている。それと共に偽物の問題も多発しており中国政府も摘発に乗り出してきている。